中古マンション リフォーム通信をお届けします
玄関には、必要なものしか置かない。
外で使うものは、めんどうでも所定のしまい場所を考えたい。
子どものバギーについては、数年間だけのことだから、置いてもよし、としよう。
新聞置き場や鞄置き場になっていたら、玄関からはとにかく撤去。
そして、下駄箱の上に一輪挿しを置いたり、好きな絵をかけたりする。
これは、べつにお客さまのためにしつらえるのではない。
毎日、そこから家を出て、そこへ帰ってくるあなたや家族のためのものだ。
それらの花や絵が「行ってらっしゃい」と見送り、「お帰りなさい」と出迎えてくれる。
つまり、玄関はすっきりさっぱりとしていながら、家人を見守り、来客を出迎える配慮がつつましやかに整っているのがいいと思うのである。
私は下駄箱の上に季節の小物を飾っている。
ひと月に一度、それらの小物を取り替えるのがヽ私の年中行事でもある。
一月は彫試、二月は鵬示、三月は胞聯り、四月は桜、五月は武者人形、六月は雨蛙、七月は七夕飾り、八月は夕涼みの縁台、九月はお月見、十月はハロウィーンのかぼちゃ、十一月は秋祭りのおもちや、十二月はクリスマス。
小さな季節のものがあることで、朝夕に玄関で靴を履くのが楽しみになる。
家を訪ねてきた人と、「あら、お月見ですね」などと時候の世間話にもつながっていくのである。
家にかんする憧れは、リストにするくらいたくさんある。
物干し用のサンルーム、ガラスブロックの壁でできたお風呂、外国製の洗面台、深い軒に覆われた濡れ縁、木の枠でできた窓、さるのついた木製の雨戸、しっくいを塗った壁、玄関脇の小さな応接用スペース、植物用の小さな屋上温室−きりがないのだけれど、そのけっこう上位のところに「勝手口」があった。
現実には、よほどのお屋敷ならともかく、勝手口はべつになくてもかまわないものだろう。
外にゴミや根菜を置くにしても、掃きだし窓のある居間から出入りすればいい。
台所のスペース確保や、泥棒の用心を考えると、ないほうがいいともいえるかもしれない。
勝手口をたとえつくったとしても、外まわりに1メートルも余裕がないのなら、出入りがしにくく使いにくいだろう。
もろもろ考えると、なくてもいいものだ。
ところが、私にとっては勝手口は憧れの的。
昔ながらのお屋敷にあった、御用聞きや家族のものが出入りする勝手口みたいに、なんてだいそれた望みは抱いていない。
ただ、玄関とはべつに、台所から直接外に出られる扉がほしかったのである。
台所から外に出られると、いろいろ便利だ。
その便利さもたいせつなのだが、それだけではないなにかが勝手口にはある気がする。
勝手ロヘの憧れは、いまの家に移ったときに思いがけず実現した。
この家には、台所の脇に勝手口があったからである。
そして勝手口のある生活をしてみると、うちに来る人来る人が「あ、勝手口がある」と嬉しそうにすることを発見した。
わざわざサンダルを履いて、北側にある勝手口からぐるっとまわって南側の掃きだし窓から入ってくる人もいた。
そして、「いや、いいなあ」などとにこにこする。
そんなふうに、嬉しそうに勝手口を覗く友人たちを見ていて、みんな、同じなんだなあと思う。
勝手口がそうであるように、家には、実用性と実用以上の楽しさを兼ね備えた不思議なところがある。
たとえば、私は、家のなかに柱があって、そのまわりをぐるっとまわれるのが好き。
ぐるっとまわることで、家が一瞬表情を変えるような感覚がある。
また、広い田舎の家に行って、表階段をのぼって二階に行き、裏階段から下りてくる。
なにか違う次元をとおりぬけてきたようにわくわくとする。
私の息子は、私の仕事部屋にある四枚の障子を開けたり閉めたりして遊ぶことがあるが、「さっきはこっちから入ったから、こんどはあっちから入って」などと、わざわざ違う障子から私を出入りさせようとする。
家とはちょっと違うけれど、子どもの頃に通っていた小学校は、二つの校舎を渡り廊下で結んでおり、私はその渡り廊下が好きだった。
三階にある音楽教室に行くために、自分のクラスのある二階の渡り廊下から移動したとすると、戻るときは三階の渡り廊下を歩こうとした。
この渡り廊下は、たびたび私の夢に登場するアイテムなのだ。
余談だけれど、M監督の「T」や「S」、また「H」の動く階段などをみていると、「あ、この感じ」と嬉しくなることがある。
渡り廊下が好きなのも、みんな同じなのかもしれない。
実用以上の楽しさを生む場所とは、要するに、家のなかをいろいろなルートで動けたり、ひとつの空間にいろいろなところからアクセスできたりするところなのだ。
むずかしく言うと、位相が変わる、といった感じ。
そんな場所があることで、家の懐が深くなる。
くどいようだが、実用性があるからこそ、実用以上の楽しみを兼ね備えられる。
台所に勝手口をつけるのは、ほんとうは簡単なこと。
勝手口用の幅の狭いドアもあるし、たたきは半畳もいらない。
具体的な実用性については、言うまでもないだろう。
そうそう、ひとつ発見したのは、雨で体がずぶ濡れになったときや、子どもが泥だらけで帰ってきたときに、勝手口から風呂場に直行できる便利さ。
ふつう、台所と風呂場は近いものだから、床の掃除も格段にらくなのである。
さて、念のため。
雨戸の「さる」とは、戸締まり用の仕掛けのこと。
漢字で書くと「猿」である。
ふつうは上か下についていて、棒をかちっと枠にはめこんで戸を動かなくさせる。
いちどでも見たことがある人はすぐわかるはず。
このさる付きの木製雨戸、いまの家で思いがけず手に入れた、もうひとつの憧れの品である。
三十年以上前の家だから、家の数力所でいまだに木の雨戸を使っていたのだ。
そのおかげで、私は朝晩の雨戸の開け閉てが楽しくてしかたがない。
家の満足度を決めるのは、水まわりかもしれない。
玄関が「どうでもいい場所」として狭く飾られたように、日本の住宅ではつい最近まで、風呂場やトイレ、洗面所は、狭く使いにくくても我慢すべき場所だった。
けれども、水まわりにゆとりがあって、使い勝手がよくつくってあるだけで、その家は格段に住みやすくなるように思う。
水まわりはいったんつくってしまうと、おいそれとはつくり替えられない。
それでも、あえて、どんなふうにするのが理想かを考えてみよう。
まず、トイレ。
私は、男性が住む家であれば、大便器と小便器があるトイレがいいように思う。
現在、多くの家でトイレはせいぜい一畳弱の狭い空間で、集合住宅なら体を一回転させるのにも苦労するかもしれない。
でも、理想は一坪くらいのスペースOに、ふたつの便器がゆったりと置いてあるのがいい。
そして、洗面台。
トイレに小さくてもいいから洗面台と鏡があるだけで、自分も来客も身づくろいのためにかなり便利になるだろう。
それから、トイレの壁紙であそぶのをお影めしたい。
トイレの壁の面積はたかが知れているから、壁紙を貼り替えてもたいした値段にはならない。
せいぜい三、四万円だ。
だから、ときおり壁紙を貼り替えてみよう。
ごちゃごちゃと雑貨を飾り、色とりどりのトイレタリーゲッズを使うよりも、すてきな壁紙に囲まれているほうが、ゆったりと落ち着ける空間になるように思う。
なによりも、トイレは清潔がいちばん。
汚れたらすぐ拭けるくらいに、物がない状態にしておきたい。
中古マンション 東京について真剣に考えてみました。98%が満足した中古マンション 東京の紹介です。
中古マンション 東京は評判いいんです!あなたに合った条件で中古マンション 東京をサポートします。
中古マンション 東京の適正化を 図ります。中古マンション 東京の総合販売サイトです。
ターゲットに応じた中古マンション リフォームはパンチがありますね。本格仕様の中古マンション リフォームです。
ついに中古マンション リフォームがリニューアルしました。インパクトのある中古マンション リフォームです。
驚嘆すべき中古マンション リフォーム情報をお探しですか?特徴のある中古マンション リフォームです。
